今日、エンターテインメントの選択肢が無限にある中で、映画は新規観客を惹きつけつつ既存観客も維持できる、残された数少ない実証済み戦略のひとつです。しかしインターネットの時代では、従来の劇場公開システムでは世界中の観客に対応できなくなる、という説が有力なようです。

デジタル技術、特にストリーミング技術は、伝統的な劇場公開という手法に取って代わると予想されています。そうなると、映画は劇場公開による「第三者配給」ではなく、拡大しつつある「DTC(消費者への直接配給)」に属することになるでしょう。

「新しいものが古いものに取って代わる」という考えは、昨今のパンデミックの影響もあって「もしそうなったら」ではなく 「それはいつ起こるのか」という論調でよく話題に上っています。このような論調下において、ワーナー・ブラザーズの所有者である米国通信大手のAT&Tは、2021年にワーナー・ブラザーズの全作品を劇場とストリーミングサービス「HBO Max」で同時放送するという意向を発表しました。

同業界の専門家や有識者によると、この決定は同社が「公式に認めたわけではないが、避けられない未来をようやく受け入れた」ことを示唆しているとのことです。

カルチャーの大きなせめぎ合い

この衝撃的な発表は、「映画業界全体からの絶対的な侮蔑」という異例の結果をもたらしました。映画製作者は、「劇場の大画面に合わせた映画を誠実に作ってきたのに騙された」と感じたとか。そして、小さな映画館も巨大チェーン劇場もまた、「最も助けが必要な時期に見捨てられた」と感じたのです。

俳優女優をかかえるタレント事務所もまた、所属する俳優たちが映画のバックエンド収益(「残余所得」と呼ばれている収益)を得られなくなるかもしれないことに激怒しています。しかし、もっと困惑しているのは、おそらく観客でしょう。映画を提供するプラットフォームの数が増えれば増えるほど、毎月の契約料もかさみますし、複数に分散された番組をいちいちチェックするのも大変だからです。

同スタジオのパートナー企業もまた、騙されたと感じています。というのも、パートナー企業は、ストリーミング・プラットフォーム契約者を増やすためではなく、劇場公開とそれに伴う収益を期待して、初期投資(通常、映画の総製作費用の50%以上)を行ってきたからです。

映画もストリーミングサイトも同じ層が支配しているため、決まりは特にありませんが、かつてはNetflixのようなストリーミングサービス企業が、映画上映のライセンス料をスタジオ側に支払うことで、お金の流れが出来ていました。しかし、ストリーミングと映画の所有者が同じになったため、このようなオプションが消失してしまったのです。

もっとも、ワーナーメディア・スタジオのCEOであるアン・サーノフ氏のように、「これは危機に対する一時的な対応策に過ぎない。約1年後に客足が映画館に戻れば、問題は解決するだろう。」と指摘する人々もいます。

いずれにせよ、問題は「ストリーミング移行に関する最近の発表内容は、今現在、経済的に実行可能かどうか」という点ではありません。「HBO Maxは、ストリーミング競争において、Netflix、Amazon、Disneyの3社に次ぐ4位に位置していたため、行動を起こす必要があった。」という点が問題なのです。

つまり、ワーナー・ブラザーズは全作品をストリーミング化することにより、同社業績を拡大しようとしているのです。これにより、ストリーミング戦争がさらに激化することは、容易に予想できます。

何はともあれ、ストリーミングサイトが増えつつあることから、映画館に行くのはまた少しより魅力的になった、といえるでしょう。